Virtual化する社会(Short ver.)

年が明けてから3ヶ月近く経って、新年の抱負も今年の予測も何もないが、今年は Virtual化(Virtualization)がますます進むと考えている。ここでいう「Virtual化」とは、SecondlifeのようなMetaverseだけを意味するのではなくて、もっと広義のVirtualizationのことである。具体的には、Web上の「ID」や「ハンドルネーム」でidentifyされた個人が、現実世界とは別個にWeb世界で活発に行動する傾向が進むということである。

「ハンドルネームでBlogを書く」というこの行為自体、ここで言うVirtualizationの具体例と言えるし、「Amazonで本を買う」「ヤフオクでレア品を競り落とす」という行為もVirtualizationの実例である。各々、AmazonのログインIDやYahoo!のIDで特定される「Web上の個人」が「Web上で商行為を行っている」と言えるからだ。ビジネスにおいて、こうしたWeb上の活動を捉える場合、現実世界のリアルな個人と紐付けて考える必要はない。現実世界における性別・年齢・職業と言った属性情報はWeb上では何の意味もなさず、あくまで「Web上のナニモノか」というidentificationさえできればよいからである。Web上での個人活動は、現実世界と深くリンクしている場合もあれば、全く異なっている場合もある。いずれの場合であっても、Webビジネスに深く関係するのはWeb上の行動でしかなく、それを捉えることが最も大事なのである。私自身を例にとれば、Web上であたかも技術者のように振舞っているTEDDY-Gを、現実世界の商社マンの振る舞いと紐付けて考えることは全く意味がない。寧ろ、「Web上での私」を捉える意味ではDecisionをmisleadする可能性すらあるのだ。

というわけで、既に3ヶ月が経過してしまっているが、今年はこの「Web上の人格」「Identification」に注目している。昨年盛り上がったMetaverseのような直接的なVirtualizationより、もっと深いところでVirtualizeされたサービスとかシステムとか、そういうものをビジネスにしたいというか作りたいというか、そんな妄想に耽る今日この頃である。

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How to Make "Mash Up"

Mash Up Award the 2ndが開催されるとのことで、僭越ながら前回受賞者としてコメントを寄せさせて頂きました。 今回は15社以上の企業がWeb APIを公開・提供するそうで、中々面白げ。現時点ではどういうAPIが揃っているのかまだ全部チェックしきれてないんだけれども(輸入CDのライナーノーツみたいだ)、コメントに書いた通り、それだけの企業が「乗ってきた」こと自体がすごいと思う。確かに企業にしてみれば、API公開はただのロックイン戦略でしかないんだけれど、この場合、ロックイン対象はGeeksなわけで、それだけGeeksを企業が重視するようになったということになる。つまり、インターネットの世界のEarly AdopterがGeeksだという認識と、Geeksをターゲットにしたマーケティング(ギーク指向マーケティング、Geeks Oriented Marketing)が漸く一般化してきたというわけだ。

「API公開」の企業にとってのもうひとつの利点は、市場に対する開発のアウトソーシングである。APIを公開しておくだけで、市場の草の根開発者が自動的に二次開発を行ってくれるわけで、企業としては開発コストを下げることが可能になる。うまくいけば開発コストダウンと、二次サービスによる集客アップが図れる一方、失敗しても投資の回収リスクは殆ど生じない(勿論、公開API準備コストが殆どかからないという前提だが)。本来自社でまかなうべきコストを市場に投げるという意味では、社員への報酬を市場取引に任せてしまうストックオプションに似た仕組みとも言えるかもしれない(すると、その内API公開のコストP/L計上すべきなんて議論に…!?)。

さて、前置きが長くなったが(いや寧ろここまでが本文か)、本題のMash Upの作り方について。既にKawa.net Blogでスマートに説明されてるので、その通りなんだけれども、大事なのはどういうRemixをするか、という点。自分の場合、大きく分けて、二つの方法論(というほどのもんじゃないが)に沿って作っている。一つ目は、「こういうことができればCoolだよなあ」という、Usage-Centricな発想に基づくもの。例えばU2B Playerがそれ。「YouTubeのお気に入りをブログで表示できたらよくね?」みたいなところからスタートして、自分が使うところをイメージしてインタフェースを作りこんでいく。二つ目は、ビジネスモデルの雛形に肉付けしていく、もっとBusiness-Orientedなもの。例えばYouTube+Adsとか、Bidders MapAdsがそれ。「動画に広告」とか「地図に広告」とかをイメージする、或いはイメージしてもらう為に作ったもので、テーマが歴然としている。

恐らく、ビジネスマン的には後者の方が作りやすいし、簡単だ。「頭だけでビジネスを考えてしまう人たち」のエントリの冒頭部分に挙げた新規ビジネスの発想法の2と3などを参考に、素材とするAPIの組み込み方を考えるだけ、それだけの作業である。しかし、個人的にはこうして作ったMash Upは「あざとい」のでイマイチだと感じている。その一方、前者のようにUsage-Centricで作られたMash Upは、作者自身が楽しんで使っているだけにユーザーも素直に受け入れられる「面白さ」がある。いずれにせよ、Mash Upを作るにはできるだけ多くのAPIやサービスを知っていることが前提条件で、可能な限りのTrial & Errorを繰り返すことが方法論云々以上に重要だと思う。

ちなみに、「Last.Tube」はUsage-CentricかつBusiness-OrientedなMash Upだと思ってるんだけど、あんまり(というか全く)注目されてないっぽい。しょぼん。シンプルながらCOOLな「ZonTube」みたいなMash Upをメイクできるかどうかは、結局はセンスの問題、とか何とか身も蓋もないことを最後に言ってみる。

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Got To Do (alternative GTD)

2005年に"Web2.0"というキャッチーなフレーズで総括されたここ数年のインターネットの「革新」が、2006年には世の中にかなり広く認知されるようになった。勿論それは、ベストセラーとなった梅田望夫氏の「ウェブ進化論」の貢献に因るところも大きいわけだが、それ以上に、YouTubeやはてなブックマークなどのサービスが非常に身近になったことや、ブログやSNSの「簡単さ」が一般ユーザーにとっての障壁を下げていることが大きいだろう。こうした流れの中で、ブログパーツ(Widget)を使えば"MashUp"さえも今や一般ユーザーが簡単に実現できるようになった。つまり、2006年はWeb2.0(或いはSemantic Web)のコモディティ化の年だった、と言える。

その一方で、Geeksは一般ユーザーには全く実現し得ない世界を構築しつつある。例えば、Perlを使ったインターネット上のリソースアクセス自動化ツールの「Plagger」などは、使い勝手・必要性・面白さの全ての意味で、一般人には理解不能なツールである(Googleに「はらへった」と入れただけでピザが届いても普通の人は喜ばない)。同様に、YAMLやJSONの便利さや、Ruby On RailsCakePHPの生産性の高さも一般人には全く理解できない世界だ。この意味で、インターネットとITは、ますますハイエンド化が進み、敷居が高くなっていると言える。

このように纏めると、インターネットが相反する二つの方向に走っているように思える。しかし、この「コモディティ化」と「ハイエンド化」の双方に共通しているのが、「情報へのアクセス」を実現したいという欲望である。YouTubeはてなブックマーク、Plaggerは情報へのリーチを容易にするし、ブログやWidget、Railsは情報のアウトプットを促進する。各々、必要な情報に「アクセスしたい」「アクセスさせたい」という欲望を実現するツールやサービスである。インターネットも誕生から10年が経過し、複雑になってきたように思えるが、結局のところ「情報流通」という原点に回帰しているだけだとも言えよう。

こうした中で、ますます重要性を増すのは「Search」である。何を今更、と思う向きもあるかも知れないが、世の中にはGoogleでさえリーチできない情報が多数ある。また、Googleのサーチアルゴリズムでは不満なユーザーも沢山存在する。単に情報を収集するだけではなく、情報の海の中から必要なものを峻別し、組み合わせることで価値あるものに仕上げる能力の重要性がこれまで以上に増している。「Search」と言うよりは「Discovery & Remix」という方が正しいかもしれない。

忘れてはならないのは、「Discovery & Remix」にはユーザーのアクションが不可欠だと言うことだ。私自身も、「自分がやらねばならない(I've got to do)」ということを強く意識しつつ、これからも様々なことに取り組んでいきたいと思う。

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トラフィックの推移から見る日本のインターネット

2000年末から2001年にかけてブロードバンドサービスが開始した当初、そんなに広い帯域があってもどうすんの?という意見が散見されたが、YouTubeをはじめとするビデオ系サービスの隆盛を見るにつけ、漸くブロードバンドが利活用されるようになってきた感がある。また、MashUpはサーバー間のデータ通信を促進するし、AJAXも使いようによってはクライアントとサーバー間のデータ通信を増加させる要因になり得る。こうなってくるとインターネットのトラフィックは大変なことになってんじゃないの?と思って調べてみた。

ソースは総務省の「我が国のインターネットにおけるトラヒック総量の把握」と「ブロードバンドサービス等の契約数」。但し、2004年5月のトラフィック総量だけは公表値がないので、「トラヒック総量の把握」の資料添付の「国内主要IXにおけるトラヒックの推移」をベースに推計してみた(2004年11月以降の公表値を見る限り、国内トラフィック総量が主要IXトラフィックの約4倍であることより推計)。

結果は上図の通り。インターネット契約数をユーザ数とすれば、ユーザ当たりのトラフィックは、2005年を境に飛躍的に増加していることがわかる。ちなみに、推計値だらけになるので割愛したが、2003年以前のユーザ当たりトラフィックは、2004年と殆ど変わらないレベルで推移している。2005年というとYouTubeとGoogle Videoが開始した年であり、それと時を同じくして日本のユーザの一人当たりトラフィックが増加しているというわけだ。結構雑な調査ではあるが、最初に示した仮定の通り、ここ2年ほどでユーザが求める帯域幅は一気に拡大したと言ってよいだろう。但し、ビデオ系サービスのように瞬間風速が大きなものがその要因となっているのか、MashUpやAJAXのようなデータ交換技術が要因となっているかまでは、これだけでは不明である(まあ、多分前者なんだろうけど)。

今後、ますますこういった傾向が進んでいくと、ニーズが増えてくるのがトラフィックを軽減させるサービスだ。データ配信のルーティングの効率化技術や、データのキャッシュ技術、圧縮技術、負荷分散、といった最早枯れた感のある技術が以外に注目を浴びるのかもしれない。勿論、バックボーンではそうした技術はとっくに採用されているから、今後はもっとエンド側のネットワークやLAN内での活用が促進されるだろう。ブログがLAN内で活用され始めたように、Web上のサービスと同じような仕組みが、LAN内で活用され始めることが予想されるからだ。MashUpだの集合知だの、Web2.0の裏側で以外に地味な分野が儲かるのかもしれない。

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映像とか音楽とかのサービスのMashUpについて、あと最近聴いてる曲

新年の辞で2006年は映像とか音楽のコンテンツの"Remix"(MashUp)が進むぜ!とか書いたわけですが、振り返ってみると思ったより進まなかった気がします。確かにYouTubeのTrafficの伸びっぷりはすごく、Alexaのグラフ(下図)で見るとまさに「うなぎのぼり」です。でもって、YouTubeの動画を引用しつつ書くスタイルのブログも割とポピュラーになっており、YouTubeでプロモーションをする企業も現れ始めました。こうしたコンテンツのReuseは確かにひとつの方向ではありますが、一次著作物以上の良さを提供するRe"Mix"に至るにはまだもうちょっと時間がかかりそうです。弊「U2B Player」「YouTube+Ads」もRemixと呼ぶには少し足りない感じ。この辺は、純粋にRemixが難しいのに加え、音楽や映像コンテンツにアクセスする為のInterfaceをサービス側がもうちょっと用意する必要があるのかもしれません。

さて、音楽と言えば、米国に来てから車中心の生活になりましたが、当初はiPodで音楽をガンガン聴くつもりが以外に使ってません。じゃあ、何を運転中に聴いてるかと言うとラジオ。(ミーハーな)洋楽好きの私としては、普通にラジオを聴いているだけで十分に楽しめてしまうのです。特に良く聴くのが、R&B中心の地元ラジオ局のKMELで、そこで最近割とよくかかるのが、J. Valentineの"She's worth the trouble"。何か90年代を思い出させるベッタベタの曲調に妙にハマってAmazonとかiTMSで探してみても引っかかりません。と思ったら、来年アルバム発売ですか。で、さらにググってみるとimeemで音源を公開してる人がいました。このimeem、「P2P型のSNS」ということで当初は開始したのですが、今はコンテンツをシェアするSNSみたいになってる模様。ブログに貼るプレイヤーも準備されてた為、ああ違法だ違法だ著作権法改正後には貼るだけでも有罪だ、いや聴いた時点で有罪だ、とか思いつつ下記に貼付け(いきなり再生される為、「続きを読む」以下に貼ってあります)。

さて、そもそもこの曲の曲名とアーティスト名をどうやって知ったかというと、ラジオに表示される文字情報。ぼけーっとラジオを流し聞きしてて、いい曲だなと思ったらすかさずチェックできるので、新しい曲を発見するのになかなか便利。この辺の新しい発見ができるのが、iTunes+iPodからラジオに移行(回帰?)した理由のひとつでもあります。ビジネス的には、この辺をうまくRemixできればなあ、と思います(ハードに詳しい人ならば、文字情報をうまく使って、「それPlaggerで」というところなんだろうけど)。

2006年も残りわずかだというのに、とりとめもないエントリですが、ホントはここ2年くらいインターネットのビジネスを考える際にこれまで自分が使っていたフレームワークを公開しようと思って筆を執ったのでした。たぶん全7回くらいになる上、「父さん、今更こんなものを」感も強いのでアクセスの低い年末にこっそり書くつもりでしたが、どう考えても間に合いません。というわけで、新年早々古いネタのオンパレードになる予定。

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頭だけでビジネスを考えてしまう人たち

新しいビジネスを考えるというのは難しいものだ。とは言え、新規ビジネスを考えるときの方法は次の4パターンくらいしかないように思う。

  1. 現状のビジネスの改善
  2. 現在の取り扱い商品への別分野のビジネスモデルの適用
  3. 現在のビジネスモデルの別商品への適用
  4. まったく新規の発想
1番目の端的な例はコスト削減案で、無駄なルーチンワークを減らして人員を削減するとか、原材料を見直して原価を下げるといったもの。2番目の例は、商品管理にカンバン方式を導入して、ジャストインタイムな商品小売を実現したコンビニエンスストア、3番目の例は、カジュアル衣料で成功したSPAというビジネスモデルを野菜にも導入しようとしたユニクロが挙げられるだろう(残念ながら失敗に終わったが)。でもって4番目は、ある日突然天からの啓示が稲妻の如く脳裏に閃くもの、平たく言えば「思い付き」がそれにあたる。今回のエントリはこの「思い付き」型新規ビジネス提案がテーマである。

「思い付き」はふとした瞬間に訪れる。仕事を片付けて帰ろうとした瞬間だとか、音楽を聴きつつ車を運転してる時だとか、友人とまるで関係のない雑談をしている時などに突然閃くのである。その閃きがあまりに鮮烈なものだから、大抵の場合、思いついた瞬間は自分が神になったかと錯覚してしまうほどだ。友人と雑談中に思いついた時などは、そのアイデアで世界を変革できるんじゃないか、というくらいに盛り上がる。その実、落ち着いてGoogleで検索してみると、とっくの昔にビジネス化されていて、極度に落胆したりするものだ。問題は、「思い付き」がGoogleでヒットせず、具体的に検討段階に進んだ場合である。

以前、「ちゃんと考えること、ちゃんと議論すること、ちゃんとアウトプットすること」というエントリで述べたが、「思い付き」をビジネスにするためには、ファクトをベースに「考え」、「議論し」なければならない。勿論、まったく新規の市場をターゲットとする場合には、既存のデータをもとに推測するほかない。例えば、40代以上の日本の主婦をターゲットにした健康志向の有料SNSを検討するとしよう。この場合、「40代以上の主婦が日本に何人いるか」「健康に気を使う人がその内何%いるか」「どれ位の可処分所得があるか」等々のデータを組み合わせて、ターゲット市場を想定していくわけである。政府やシンクタンクが発表した統計データや独自アンケート調査を元に試算した結果、数百億円規模の市場が見積もれたならば、取らぬ狸の皮算用で狂喜乱舞することだろう。

では、このマーケット予想をもとに、ビジネスを開始してよいか。確かに、一見、アプローチ方法は間違っていないように思える。アイデアを具体的なビジネスモデルに落とし込み、想定顧客をイメージし、その想定を元に客観的なデータから市場サイズを予測する。市場サイズを測る手法は、実に冷静かつ客観的であり、主観的な思い込みではない。しかし、その一見「客観的なアプローチ」に致命的な落とし穴があるのだ。確かにデータ及び計算方法は客観的だろう。しかしながら、その「前提条件」はどうか。本当に想定顧客が十分具体的にイメージできているだろうか。先の健康志向SNSの例で言えば、果たして40代の主婦がインターネット上のコミュニティで活発に交流するのだろうか。

失敗するビジネスは、この「具体性」が自分勝手な妄想になっていることが非常に多い。そもそも、自分が所属しているセグメント以外の人間がどのような嗜好を持ち、どのような行動原理に基づいて消費活動を行うか、というのはイメージしづらいものである。加えて、自分が所属している「セグメント」が如何に特殊なものであるか、については多くの人が見落としがちだ。年齢、性別、職業、趣味、可処分所得、等々の複数のパラメータで自分を分類していくと、自分が如何に特殊かということに気づくことができるはずである。そのような「特殊」な自分が、他のセグメントに属する人間の行動を予測するのは非常に難しい。結局、どれだけ客観的な想定に基づいたとしても、そのようなビジネスは思い付きに過ぎず、頭で考えただけの「絵に描いた餅」になってしまうのである。

ここまで書くと、こうした「思い付き」型新規ビジネスは押し並べて失敗するかのように思える。しかしその実、「思い付き」こそがイノベーションを起こし得る可能性を秘めているのもまた事実である。また、「思い付き」とは脳内で瞬時に複数の価値判断を組み合わせた結果であり、思い付いた瞬間に自分自身の価値観の集大成となっているものなのだ(この点に関する理論的裏付けは長くなるので割愛)。大事なことは、「思い付き」を頭で考えただけの独善的なアイデアに落とし込むのではなく、自らの価値観に照らして地に足の着いたアイデアに仕上げることである。先の健康SNSの例で言えば、自分が最初に思い付いたターゲットユーザーは、40代主婦ではなく、自分自身であるかもしれない。この部分の見極めこそがビジネスの成否を決定すると言っても過言ではない。Googleは結局自分の使いたいサービスを独善的に拡大しているだけである。理論派を気取るビジネスマンたちも、この点をよく考える必要がある。

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ちゃんと考えること、ちゃんと議論すること、ちゃんとアウトプットすること

物事には順序というものがある。何かビジネスをやろうと思ったとき、まず自分ひとりで考えて、いろんな人と議論して内容を深め、最後にきちんと形にしていく。アウトプットしていく。こういう順序を辿るのが普通だと思う。その一方で、そのプロセスのひとつひとつで「ちゃんと」考え、議論し、アウトプットしているだろうか。

まず考えること。
ビジネスマンとして仕事をしていると、ファクトをベースに積み上げて事実を証明していくような過程が多いような気がする。特に商社マンは具体論が好きだから、ファクトの積み上げによる結論付けを日々求められる。所謂帰納法による証明だ。その一方で、何か新しいこと、いつもと少しでも違ったことをやろうとするときには、突然何かの閃きか神の啓示か上司の命令かが降りてきて、思考が開始する。「閃き」に基づいて色んな事象を想定し、考えを展開させる過程、つまり演繹法的論理展開である。
但し、これらはその双方どちらかだけでは意味がない。ファクトの積み上げて帰納的に証明された結論は、演繹的に様々な事象に当てはめられるかどうか検証されないといけないし、仮説に基づいて演繹的に想定した事象は、対応するファクトをひとつずつ見つけていって、帰納的に証明されないといけない。このいずれについても大事なのは、なるべく客観的に検証を行う必要があることだ。一見客観的なファクトに見えても、ナントカ総研の市場データ、それ自体が意図的に主観的な論理展開がなされている場合があるし、客観的に作ったつもりのビジネスプランが、実は非常に主観的な前提条件に大きく依存していることもある。
自分自身が気がつかないうちに、ある種の結論に向けて無理やり思考を捻じ曲げようとすること。サラリーマンは、いつしかそのような捻じ曲がった思考回路に陥らされている可能性があることに目を向けないといけない。

続いて議論すること。
総体的に言ってしまっていいと思うが、日本人は議論が下手だ。これは、日本の教育課程において議論のトレーニングを受けていないのだから、やむを得ないことである。しかし、ちょっとしたことに注意するだけできちんとした議論を行うことが可能となる。まず、議論のステージには二つがあることを認識することである。最初のステージはブレインストーミング(ブレスト)のステージで、兎に角自由にアイデアを交換し合うステージ。二つ目のステージは、ブレストの内容について、精査を行うステージである。一つ目のステージでは、出されたアイデアに意見してはいけない。相手のアイデアを否定せず、自分のアイデアと組み合わせていくことで新たな発見を行うことが重要なのだ。続く二つ目のステージでは、アイデアにダメ出しを行っていく。実現性を検証するもよし、長所と短所を客観的に評価するもよし。この二つを繰り返していくことで議論は生産的に展開する。
ところが、この二つのステージがごちゃまぜになることが多い。ブレストする場でダメ出しをして、アイデアが展開しなくなったり、評価を行う場で関連性のないことを突然付け加えたりするのがそれである。加えて、議論が単なるパワーゲームになってしまい、「声の大きいものが勝つ」ケースなどは最悪である。それは、議論ではなく論争であり、単なる綱引きでしかない。
繰り返しになるが、議論とは、ブレストと評価を繰り返しながら、生産的な結論を導く、ひとりで考えたアイデアをより高みに導くための過程なのである。

最後に、アウトプットすること。
個人的には、これがもっとも重要だと考えている。なぜなら、行動なき思考や議論は赤提灯での愚痴と大差ないからだ。一番簡単なアウトプットは議事録である。最低限、議論をした内容は風化させることなく、すぐさま情報として共有しなければならない。また、議論で出たアイデアを検証すべくデータを集めたり、必要なプレーヤーに働きかけたり、場合によっては試験的なサービスを開始したりと、きちんと次の行動につなぐことが大切だ。行動してみない限り分からないことは沢山ある。「やってみる」「アウトプットしていく」ことは、たとえ小さなことであっても、非常に重要な過程なのである。
さて、ここで起こりやすい大きな間違いは、「議事録を綺麗なパワーポイントに仕上げる」 ことをアウトプットだと思ってしまうことだ。「ナントカ答申書」だの「ナントカ報告書」だの、単なる情報共有でしかないことに時間を割くべきではない。仮に、タスクとしてそうしたものを提出しなければならないとしたら、「ゴールは何か」「次に何をするか」を宣言することに重点を置くべきだ。そうした報告書は、自らにノルマを課すことになり、最終的にアクションにつなげざるを得ないからである。
兎にも角にも、アウトプットとして形を成さない限り、どんな秀逸なアイデアだろうと評価の対象にはなり得ない。ビジネスとは、厳しいものなのだ。

翻って、自分はどうか。本業の話はさて置いて、上記の3つ、「考える」「議論する」「アウトプットする」、それを実現する場としてこのブログを活用しているつもりである。うまく書けないことに苛立ちながらも自分の考えをログとして残し、第三者とTrackbackやコメントを利用して、或いは、友人と自分のブログを引用しつつメールで議論を繰り返し、形になりそうなものは小さなスクリプトとしてなるべくアウトプットするよう意識している。
こんな場末のブログであっても、アウトプットをしていくと、色んな面白いことに気づくことができる。例えば、動画を検索してユーザ評価もできてPodcastingもできる「Got2Video」を自分では面白いと思って作ったものの、イマイチ人気が出ないと分かったり、その一方で、Got2Videoを利用して作ったG2V PlayerのオマケのU2B Playerはそこそこ人気が出て、ユーザーがホントに欲しているものの片鱗を垣間見たりできるのである。でもって、このU2B Playerは、Got2Videoがなければ生まれなかったものでもあるのだ。
しかし、とは言うものの、世の一流の人々の「考え」「議論」「アウトプット」と比べると、まったくもって貧弱なレベルである。ちゃんと考え、ちゃんと議論し、ちゃんとアウトプットすることとは、実践することもさることながら、磨きをかけるのが非常に大変なプロセスなのである。

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商社が商社である限り起こるジレンマ

商社という業態は非常に収益率が悪い。
先だって発表された、所謂五大商社の収益率を並べると下記の通りとなる(単位:百万円)。

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各社過去最高益と言っても、収益率は非常に低いことが一見してわかるであろう。
理由は今更挙げるまでもないが、商社は「買って売る」という所謂Tradingを生業としているからである。収益を評価する最も簡単な指標は粗利益だ。粗利益は下記のFormulaで計算される。

(粗利益)=(売上)-(売上原価)

商社は「買って売る」わけだから、売上は顧客に商品を売った金額であり、売上原価はSupplierから商品を買った金額である。そして、実は、このSimpleなFormulaこそが商社のTradingの限界を示している。

上述の粗利益を最大化しようと思うと、売上を上げるか売上原価を下げるしかない。売上はMarket、つまりカスタマーが決めるわけだから、売り手たる商社に意思決定の権利はない。一方、売上原価については立場が逆転するため、買い手たる商社に意思決定権が生じることになる。何故なら、「金を払う」というOptionを有しているのは常に買い手だからである。平たく言えば、カネをチラつかせた下請けいじめは簡単ということだ。しかしながら、結局のところ商社にできるのはそこまでなのである。例えば、工業簿記の世界では「原価計算」がひとつの独立した科目として成立している通り、「原価」をどのように計算し、コントロールするかが非常に重要である。「原価」は商社のように単純に「買値」ではなく、原材料費・設備投資・研究開発費・人件費といった複雑な要素から成り立っており、それゆえに原価のコントロールという点において、工業簿記の世界、つまり製造業は非常に多くのOptionを持っていることになるわけである。

翻って、商社の持つOptionは「買値を下げる」、このひとつしかない。よって、つまるところ商社にできるのは「値下げ交渉」というベタな選択肢しかないのである。勿論、粗利益を上げる為には「売上を上げる」という選択肢もあるが、こちらに関しては製造業と商社の間に違いはない。とは言うものの、製造業の場合は研究開発や製造にイノベーションを起こし、「原価」の構造に変化をもたらすことが売上を上げることにもつながり得るので、やはり製造業の方がOptionを多く持っていると言えるのである。また、「原価」と「売上」の双方の関連性が低いから、製造業が「原価を下げる努力が売上アップにつながる」可能性があるのに対し、商社は「買値を下げる交渉」と「売値を上げる交渉」の双方を独立に続けねばならない。この意味においても商社のビジネス構造が非常に非効率的にならざるを得ないことがわかるだろう。

さて、上述の通り、粗利益の点で選択し得るOptionが少ないとすれば、どうすればTradingの収益力を向上させることができるか。Tradingを維持するための設備投資や研究開発は基本的にゼロだから、その他に手を付けられるとすれば人件費ということになる。しかし、商社は膨大なマンパワーを使ってTradingを処理しているから、人員数を削減することができない。仮に人件費単価を下げたとしても、その分離職率が上がるだろうから、結局人員減少につながり、人件費単価を下げることもできない。結果として、商社がTrading Companyである限り、このジレンマは起こり続けるのである。こうした状況を打破する為には、Tradingにおいては実質的な人件費を下げるしかない。つまり、Multi-TaskによってTradingの為のマンパワーを実質的に下げ、コストダウンを図るわけだ(そのためにITが非常に重要であることは既に過去のエントリで何度か述べた)。しかし、それでもなお、上述の「売値上げ交渉」と「買値下げ交渉」の永久ループからは抜け出せず、商社が商社である限り、永遠にこのジレンマに陥り続けるのである。

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商社マンはマーケティングが苦手

商社にいて常々思うのが、商社マンはマーケティングが苦手だということだ。
商社について何となく知っている人であれば、「えっ!?」と思うかもしれない。何故なら、商社マンは自らを「営業マン」と呼ぶし、サプライヤーとの打ち合わせの際に、「それでは我々がマーケティングして御社の製品を市場に…」なんてことを言ってマーケット開拓を自ら名乗りだしたりするからだ。
マーケット開拓=マーケティング=営業ではないのか?商社は顧客にマーケティングを提供する存在ではないのか?
ここには二つの間違いがある。

まず第一に、営業はマーケティングではないということだ。一般に日本の「営業職」の仕事はセリング(Selling)である。まず売るモノありきで始まり、如何に多く高く売るか、それがセリングの仕事だ。モノありきということは受動的な仕事とも言える。
一方、マーケティングとは「Market+ing」であり、マーケットに能動的に働きかける仕事だ。もう少し詳しく言うと、マーケットを理解し、マーケットに「何を売るか」を考え、実行する仕事のことである。行動することは勿論重要ではあるが、それよりもプランを立てることが重要な仕事だ。市場を調査・分析し、ポジショニングを明確にし、「何を」「どのように」売るかを考える。場合によっては、マーケッターには、手元にある商品を売らないという選択肢すらあり得るのである。所謂「企画営業」という言葉がマーケティングの仕事イメージに近いかもしれない(それでも企画営業はモノOrientedな仕事ではあるが)。
しかし、商社は商品を持たざる存在である。そもそもモノを持たず自由に企画・行動できるのだから、営業と名乗っていてもマーケッターなのではないか?確かに本来の意義から言うとマーケッターであるべきだが、実際の商社マンがとる行動とは決してマーケティングとはいえないものなのである。では、続いて第二の間違いである、商社マンの「マーケティング」を見てみよう。

上述の例のように商社マンが「では当社がマーケティングを」といったときに実際に行うのは何か。端的に言うならば「御用聞き」である。元来卸売業であった商社にとって、顧客とは企業に他ならない。そうした顧客企業に対する聞き込み作業、これが商社マンの言う「マーケティング」の実態だ。確かに、市場がサプライヤー主導にて動いていた時代であれば、市場=サプライヤーの集合体であり、「御用聞き」はマーケティングとして機能していただろう。しかしながら、いまや市場は消費者主導に移行しつつあり、卸売の顧客企業の意見がマーケットの意見であるとは必ずしも言えないのである(勿論、業界によっては依然サプライヤー主導市場であり、「御用聞き」が強力なマーケティング機能を発揮するのも事実である)。
また、マーケティングとは本来Planningであり、無から有を作り出す行為だと言ってよい。仮に「御用聞き」がマーケティングとして機能する業界であったとしても、単に御用聞きした内容を言われるままに実行するのであれば、それはマーケティングではない。市場から得た情報を自らの中でRemixして新たな情報に昇華した上で、What's Next?をPlanningするのがマーケティングだ。もし商社マンがOriginal Remixを提供できていなければ、それはマーケティングとは言えない。
つまり、「顧客第一主義」などと称して、御用聞きして走り回っている商社マンは、マーケティングとはまったく異なる便利屋稼業をやっているに過ぎないのである。

以上の通り、商社マンは決してマーケティングが得意ではない。しかし、繰り返しになるが、消費者上位の市場において、正しいマーケティングなしでビジネスチャンスを見つけることなど有り得ない。
商社マンの苦手な「マーケティング」こそ、今や商社に求められる必須の能力なのである。

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OperationとCreation

多くの企業は何らかのシステムを持っている。ここで言う「システム」とは会計システムやデータベースの意味ではなく、もっと広義の、リスク管理だとか予算計画だとかといった会社の「仕組み」のことである。

こうした仕組みは業務を効率化し、一定基準の管理を行うために必須のものである。特に一部上場企業など、所謂大企業においては高度に発達したシステムを有している。しかしながら、多くの企業が陥っている(或いは陥っているであろう)失敗は、こうしたシステムが効率的な経営を行うための手段であって、決して目的ではないにも関わらず、手段が目的化してしまうことだ。例えば、明らかに非効率なのに書類には上司全員の手書きサインを取らなければならない、など。あくまで、本来の目的は高度なOperationの実現である。

一方、新しいビジネスを生み出す際に重要なことは、広範な知識と情報に基づいた柔軟な発想である。そこにはレールは敷かれていないのだから、新たな運営方法と基準を作り出すことが必要となる。しかしながら、大企業は、前述の「システム」に捕らえられ、動けなくなってしまうことが多い。Operationを生み出す前のCreation段階なのに、旧来のOperation Standardに縛られてしまうのだ。ここではCreationこそが目的であるにも関わらず。

「システム」はOperationを本当に効率化しているのか。
そして、「システム」はCreationを阻害するものでしかないのか。
問題は「システム」の粒度(サイズ)にある。

本来、システムはOperationの為にあるのだから、Operationに適した粒度で作られる必要がある。例えば、商社のように複数のインダストリーを横断する企業体が、「石油ビジネス」の為の統一ルールをすべてのインダストリーに適用したらどうなるか。逆に、全ての業務に共通する、Excelの表のフォーマットを事細かに決めて全社員に使用を強制したらどうなるか。いずれも実際の業務に支障を来たすことは間違いない。大事なのは、どの程度粒度をもってシステムを共通化=モジュール化するか、なのだ。

では、何故システムの粒度がCreationにとって重要なのか。
鍵は"Remix"にある。新しいビジネスは一瞬の閃きに従って、既存のフローを新たなフローに並べなおすことである。例えば、UNIQLOはアパレルのビジネスフローの中から中間卸を取り除いて高品質・低価格を実現したものであるし、DELLは「Build To Order」により、ビジネスフローから在庫というプロセスを取り除いた。いずれも、個々のプレイヤーが行うタスクは同じでありながら、組み合わせ方を変えたものだ。つまり、"Remix"である。
企業において、もしシステムが適正な粒度で準備されていたならば、この"Remix"の速度が飛躍的に高まるだろう。ゆえに、システムの粒度こそがCreationに重要なのである。

OperationとCreationは異なるものに見えて、適切な粒度をもってすれば、実は同じ行為である。それが、ITの世界、特にWeb2.0の世界では既に実現してしまっている。我々ビジネスマンがここから学ぶことは、多い。

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