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RESTとAJAXとIPv6

書きかけで放置してたこの原稿をどうしようかと思っていたが、ちょうど「AjaxとRESTのパラドックスからWeb2.0を考える」というエントリがITmediaオルタナブログに掲載されたので、関連付けて書き上げてみる。

同エントリにも解説してあるが、RESTとAJAXの関係については、URIを持たないからAJAXはRESTfulでない、REST的にはダメだという議論が嘗てあった。たしかに、多くのAJAXアプリケーションではサーバ情報を非同期に読み込んで、innerHTMLを直接書き換えて画面遷移なしに(ページ再読み込みなしに)サーバ情報を表示するから、一見URIを持てないように思える。しかし、この問題についてはGoogle Maps(Googleローカル)の「このページのリンク」ボタンや、最速インターフェース研究会「location.hashを使ったセッション復元」というエントリに挙げられている方法など、実装方法の工夫により解決は可能である。寧ろ、「第8回XML開発者の日」の高橋氏のプレゼンで提案されていた通り、REST的には苦手なユーザー認証を解決するために、認証の要否でサーバ上の情報を切り分けておき、認証不要な情報を「RESTfulなサーバアプリケーションから」「AJAXを使って読み込む」ような共存が可能な相補関係にある存在ですらあるのだ。

さて、ここで観点を変えてみると、RESTはサーバ負荷を軽減できるArchitectureである。これは、「RESTがビジネスに与えるインパクト」で述べたとおり、REST Architectureのもとでは不要な情報・アクションをサーバ側で行わないからだ。一方、AJAXは、従来サーバが行っていた「Serverへの情報リクエスト&結果表示」をクライアントPC側で実行する技術である。言い換えれば、AJAXは、ある種の分散コンピューティングと言うこともでき、これもまたサーバ負荷の軽減が期待できる。 つまり、RESTとAJAXはともにサーバの負荷分散を効果としてもたらす技術であり、よりPeer To Peerな技術なのである。

さてここで、ふと思い出したのがIPv6である。IPv6とは次世代のIPアドレスの規格として提唱されたもので、IPv4が32ビットであるのに対し、128ビットで構成されている。つまり、数が多い。これは、IPv4の枯渇を解消すべく作られたものだが、コンピュータへのIPアドレス分配という意味では、グローバルアドレスとローカルアドレスの組み合わせで、ある程度解決されている。そこで、IPv6の活用分野は、コンピュータ以外、例えば、冷蔵庫と中の野菜なんかに個別に振って、究極のSCMやPersonalization Serviceを実現する、といった方向に向かっている。確かに必要性は分かるのだが、今ひとつ現実的なアプリケーションがイメージしづらいという感は否めない。

しかし、このIPv6が、RESTとAJAXの世界で、より意義を帯びてくるように思われる。というのも、RESTとAJAXを徹底的に追求していくと、インターネットそのものが巨大なグリッドコンピュータになるからだ。この場合、各々の構成要素(グリッド)=サーバコンピュータ=クライアントPCの「場所」(名前、URI)が特定されねばならない。所謂「名前重要」というやつである。この「名前」は各々の構成要素(コンピュータ)がアクティブである限り、普遍的でなければ意味がない。そこで、その有力候補として挙げられるのが、冷蔵庫や野菜に振ることすら可能なIPv6だ、というわけである。

と言うわけで、RESTとAJAXとIPv6と言う一見相反する、また全く無関係なものが一列に並んだわけであるが、やはり、単なるPC・サーバ連携の話であれば、必ずしもIPv6は必要ではないだろう。よって、ここで想定しているのは、コンピュータ以外の様々なデバイス、携帯電話やPDA、iPodなどのガジェット類がPCやサーバーとREST&AJAXで連携するような世界である。こう書くと、あたかもSF映画の話みたいで、まだまだ遠い未来のようである。しかし、近いうちに携帯電話にECMAScriptが標準装備されるとも言われている現在、REST+AJAX+IPv6=世界規模のグリッドコンピューティング、という世界は意外に遠くないのかもしれない。

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商社マンはマーケティングが苦手

商社にいて常々思うのが、商社マンはマーケティングが苦手だということだ。
商社について何となく知っている人であれば、「えっ!?」と思うかもしれない。何故なら、商社マンは自らを「営業マン」と呼ぶし、サプライヤーとの打ち合わせの際に、「それでは我々がマーケティングして御社の製品を市場に…」なんてことを言ってマーケット開拓を自ら名乗りだしたりするからだ。
マーケット開拓=マーケティング=営業ではないのか?商社は顧客にマーケティングを提供する存在ではないのか?
ここには二つの間違いがある。

まず第一に、営業はマーケティングではないということだ。一般に日本の「営業職」の仕事はセリング(Selling)である。まず売るモノありきで始まり、如何に多く高く売るか、それがセリングの仕事だ。モノありきということは受動的な仕事とも言える。
一方、マーケティングとは「Market+ing」であり、マーケットに能動的に働きかける仕事だ。もう少し詳しく言うと、マーケットを理解し、マーケットに「何を売るか」を考え、実行する仕事のことである。行動することは勿論重要ではあるが、それよりもプランを立てることが重要な仕事だ。市場を調査・分析し、ポジショニングを明確にし、「何を」「どのように」売るかを考える。場合によっては、マーケッターには、手元にある商品を売らないという選択肢すらあり得るのである。所謂「企画営業」という言葉がマーケティングの仕事イメージに近いかもしれない(それでも企画営業はモノOrientedな仕事ではあるが)。
しかし、商社は商品を持たざる存在である。そもそもモノを持たず自由に企画・行動できるのだから、営業と名乗っていてもマーケッターなのではないか?確かに本来の意義から言うとマーケッターであるべきだが、実際の商社マンがとる行動とは決してマーケティングとはいえないものなのである。では、続いて第二の間違いである、商社マンの「マーケティング」を見てみよう。

上述の例のように商社マンが「では当社がマーケティングを」といったときに実際に行うのは何か。端的に言うならば「御用聞き」である。元来卸売業であった商社にとって、顧客とは企業に他ならない。そうした顧客企業に対する聞き込み作業、これが商社マンの言う「マーケティング」の実態だ。確かに、市場がサプライヤー主導にて動いていた時代であれば、市場=サプライヤーの集合体であり、「御用聞き」はマーケティングとして機能していただろう。しかしながら、いまや市場は消費者主導に移行しつつあり、卸売の顧客企業の意見がマーケットの意見であるとは必ずしも言えないのである(勿論、業界によっては依然サプライヤー主導市場であり、「御用聞き」が強力なマーケティング機能を発揮するのも事実である)。
また、マーケティングとは本来Planningであり、無から有を作り出す行為だと言ってよい。仮に「御用聞き」がマーケティングとして機能する業界であったとしても、単に御用聞きした内容を言われるままに実行するのであれば、それはマーケティングではない。市場から得た情報を自らの中でRemixして新たな情報に昇華した上で、What's Next?をPlanningするのがマーケティングだ。もし商社マンがOriginal Remixを提供できていなければ、それはマーケティングとは言えない。
つまり、「顧客第一主義」などと称して、御用聞きして走り回っている商社マンは、マーケティングとはまったく異なる便利屋稼業をやっているに過ぎないのである。

以上の通り、商社マンは決してマーケティングが得意ではない。しかし、繰り返しになるが、消費者上位の市場において、正しいマーケティングなしでビジネスチャンスを見つけることなど有り得ない。
商社マンの苦手な「マーケティング」こそ、今や商社に求められる必須の能力なのである。

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OperationとCreation

多くの企業は何らかのシステムを持っている。ここで言う「システム」とは会計システムやデータベースの意味ではなく、もっと広義の、リスク管理だとか予算計画だとかといった会社の「仕組み」のことである。

こうした仕組みは業務を効率化し、一定基準の管理を行うために必須のものである。特に一部上場企業など、所謂大企業においては高度に発達したシステムを有している。しかしながら、多くの企業が陥っている(或いは陥っているであろう)失敗は、こうしたシステムが効率的な経営を行うための手段であって、決して目的ではないにも関わらず、手段が目的化してしまうことだ。例えば、明らかに非効率なのに書類には上司全員の手書きサインを取らなければならない、など。あくまで、本来の目的は高度なOperationの実現である。

一方、新しいビジネスを生み出す際に重要なことは、広範な知識と情報に基づいた柔軟な発想である。そこにはレールは敷かれていないのだから、新たな運営方法と基準を作り出すことが必要となる。しかしながら、大企業は、前述の「システム」に捕らえられ、動けなくなってしまうことが多い。Operationを生み出す前のCreation段階なのに、旧来のOperation Standardに縛られてしまうのだ。ここではCreationこそが目的であるにも関わらず。

「システム」はOperationを本当に効率化しているのか。
そして、「システム」はCreationを阻害するものでしかないのか。
問題は「システム」の粒度(サイズ)にある。

本来、システムはOperationの為にあるのだから、Operationに適した粒度で作られる必要がある。例えば、商社のように複数のインダストリーを横断する企業体が、「石油ビジネス」の為の統一ルールをすべてのインダストリーに適用したらどうなるか。逆に、全ての業務に共通する、Excelの表のフォーマットを事細かに決めて全社員に使用を強制したらどうなるか。いずれも実際の業務に支障を来たすことは間違いない。大事なのは、どの程度粒度をもってシステムを共通化=モジュール化するか、なのだ。

では、何故システムの粒度がCreationにとって重要なのか。
鍵は"Remix"にある。新しいビジネスは一瞬の閃きに従って、既存のフローを新たなフローに並べなおすことである。例えば、UNIQLOはアパレルのビジネスフローの中から中間卸を取り除いて高品質・低価格を実現したものであるし、DELLは「Build To Order」により、ビジネスフローから在庫というプロセスを取り除いた。いずれも、個々のプレイヤーが行うタスクは同じでありながら、組み合わせ方を変えたものだ。つまり、"Remix"である。
企業において、もしシステムが適正な粒度で準備されていたならば、この"Remix"の速度が飛躍的に高まるだろう。ゆえに、システムの粒度こそがCreationに重要なのである。

OperationとCreationは異なるものに見えて、適切な粒度をもってすれば、実は同じ行為である。それが、ITの世界、特にWeb2.0の世界では既に実現してしまっている。我々ビジネスマンがここから学ぶことは、多い。

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T-FALのオヴェアを買った

stars シンプル・イズ・ベスト

嫁に猛烈にPUSHされて、T-FALの電気ケトル・オヴェア1.7Lを購入した。

今まで使ってた普通のやかんがズタボロになったので買ったものだが、予想以上に使い勝手がよくて重宝している。まず、何より沸くのが早い。コーヒー一杯分だったら、スイッチを入れてから、カップを食器棚から出してる間に沸騰する。即席ラーメンだったら、袋を開けてる間に沸く。沸いたら勝手に電源が切れるので火事になったりしない。沸いてもピーピー鳴ったりしないという素っ気なさもイイ。日本人が作ったら、湯沸し着メロダウンロード機能とか無駄についてそうだ。

でもって、電気ポットみたいにずっと保温したりしないので、ポット内壁の悪い成分が煮出されたりしない。健康に良いばかりでなく、当然電気代も節約できる。使い始めたばかりでわからんが、ガスコンロでお湯沸かすよりも安いらしい。他の高いモデルに付いている、温度調節機能がないのがまた良い。俺は山岡じゃないので玉露を入れるのには60℃が適温、とか言ったりしないのだ。沸けばそれで問題なし。

この実にシンプルで理に適った製品、お茶好きな人間であればMUST BUY!である。

なお、Amazonの値段(\5,680)が高いと思う方は、当ブログ左側の「Biddersインクリメンタル検索」にて「T-FAL 電気ケトル」とか「ティファール 電気ケトル」で安いの探してくださいな(以上、このブログには珍しい売り込み記事でした)。

hReview by TEDDY-G , 2006/01/10

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T-FAL 電気ケトル オヴェア 1.7L BF752022
T-FAL
おすすめ平均 star
star忙しい朝におすすめ
T-FAL ジャスティン 電気ケトル 1.2L BF510022 T-FAL ヴィテスエクスプレス 電気ケトル 1.0L BF402022

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As Geeky As Possible (A.G.A.P.)

2005年がインターネットにとって変革の年だったことは間違いないだろう。かつてWebサービスと呼ばれていたものが目指した世界、即ちSemantic WebがWeb2.0と呼ばれるようになり、RESTfulなサービスが世にあふれ、Folksonomyの導きのもと、ATOMやMicroformatsやAjaxなどの技術に支えられてWWWの"Remix"が革新的に進行した。そしてWWWの世界には、現実世界では起こり得なかった知的な共産主義が実現した。ここで「共産主義」という言葉に抵抗感を覚えるなら、知識の「Share」と「Reuse」がWWWに遍く広がった、と言い換えてもよいだろう。それは、Amazon WebサービスのAffiliateでもあるし、Del.icio.usのようなSocial Serviceのことでもある。
インターネットは、それまでの単なる情報伝達手段から、情報革新のToolへと大きく変貌を遂げたのだ。

もう少し説明を加えよう。これまでのインターネットはあくまでServer To Clientだった。つまり、「情報送信者」から「情報受信者」への一方向にしか情報は流れなかったのである。ところが、Web2.0の世界では、「情報受信者」が一次情報をRemixすることでClientからServerへのFeedbackが実現した。そう、情報の流れという意味において、インターットは最早Server To ClientではなくPeer To Peer、World Wide WebからWorld Wide Meshへと移行しつつあるのである。
つまり、Web2.0が我々にもたらした最大の恩恵とはこの"Remix"である。これは、WWW上のドキュメントが、文書であると同時にデータであるという存在になったことで実現したものだ。それを支えている技術はXMLである。そして、XMLの有用性を世に知らしめたのはRSSであり、拡張性を体現したのがATOM、さらに、ビジネスにわかりやすい形で取り入れたのがAmazon Webサービスで、こんな面白いこともできるよと示したのがGoogleとAjax、データとしてのWWWドキュメントの新しい整理法がFolksonomyである。その結果、新たな知識・情報の共有手段と利活用の方法が生まれたという意味で、2005年は変革の年だったというわけだ。

しかし、誠に残念なのは、こうした「変革」が依然Geeksのものにしかなり得ていないことである。かつて、WebサービスとMicrosoftが目指したのは、この「変革」を一般ユーザーのものにすることであった。ExcelやWordがXML対応し、Web上からリソースを発見できるようにしたのは、一般のユーザーが自らのノウハウやExpertiseに沿ってWWW上の情報を"Remix"する為だったと言ってよい。だが、WWW上のコンポーネンツがあたかもローカル上で動作するが如くレベルにまでBroadbandは速くならなかったし、リソース提供者は手間ひまかけてWWWに情報公開するメリットを見つけられなかったし、何より一般ユーザーのITリテラシーは自ら情報をRemixできるほどに高くはなかった。また、Windows XPもそこまで優しいOSではなかった。

2006年はより一層WWW上のコンテンツの"Remix"が進むだろう。特に、Text情報でない部分、音楽(音声)や映像についてRemixが進むのではないか。GoogleがVideo On Demandサービスを始めると発表したのはその流れを見据えたものだろうし、Yahoo!はYoutubeを買うかもしれない。但し、音楽や映像の"Remix"のセンスを持つ人間はText情報のRemixが可能な人間より遥かに数が少ないだろうし、Geeksにとっても手が付けづらい分野ではなかろうか。音楽や映像に限らず、"Remix"がより複雑な情報カテゴリーに浸透する為には、各々分野のProfessional、所謂ドメイン・エキスパートの能力が必須になる。
私は到底アルファ・ギークにはなり得ないが、そうした世界の到来に向け、できる限りGeekyなアルファ・アマチュアでいたいと思う次第である。

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